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お笑い 漫才 麒麟■漫才豆知識■戦後、漫才師たちは、相方の戦死・病死・消息不明などに見舞われる。
吉本興業と専属契約していなかった漫才師たちは大阪に結集し、仕事の受注やマネージメントをする団之助芸能社を立ち上げた。松鶴家団之助が交通の便などがよかった為に西成区山王で芸人を集めたため、山王は『芸人横丁』と呼ばれ地元の人に親しまれた。その後、交通機関の発達で山王を離れての活動が容易になり、多くの芸人は吉本興業や松竹芸能と契約するようになった。1950〜60年代が漫才の全盛期で、上方では中田ダイマル・ラケット、夢路いとし・喜味こいし、ミヤコ蝶々・南都雄二、人生幸朗・生恵幸子・海原お浜・小浜、漫画トリオなどが、東京では前述の千太・万吉、獅子てんや・瀬戸わんや、コロムビア・トップ・ライト、などがラジオ・テレビで活躍した。
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